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「クジラの島の少女」

伝統とか言い伝えとかって、ほとんど気にせず暮らしているけど、本当はすごく大切なことなのかもしれません。

《あらすじ》
マオリ族の暮らす村に新しい命が誕生しようとしていた。族長コロの息子ポロランギに双子が生まれようとしているのだ。勇者パイケアの血を引く者を代々の族長としてきたこの村では、コロの後継者となる男子の誕生が待ち望まれていた。
双子は生まれた。が、双子のうち一人(男の子)は母を道連れに亡くなってしまう。残された女の子にポロランギは勇者と同じ名前、“パイケア”と名づけた。
一方、後継者は男子であると頑なに信じるコロはパイケアの誕生を素直に喜べないでいた。

自分の跡継ぎというよりも、もっと特別な存在をコロは求めていたようでした。何十年かに一度現れるような、パイケアの生まれ変わりを求めているような。ストーリーの中ではその辺はっきりとは語られていなかったかと思うので、よく分からないのですが。

コロという人の中にはパイケアを愛するおじいちゃんという顔と村を率いていく長としての二つの顔があり、コロ本人も苦しかったんだろうと思います。どちらとしての立場も優先させたいところですが、そうもいかず、やはり伝統と誇りの為に長としての立場を彼は重んじるのです。しかし、そうなると辛い思いをさせられるのは孫娘のパイケア。
でも、このパイケアという少女は全てを理解していて受け入れている。彼女自身辛かったり、悔しかったりといろんな思いをしているけれど、ちゃんとおじいちゃんの苦悩も理解しているのです。かと言って、おじいちゃんの言いなりになるわけでもない。彼女自身の中にある村に対する愛情、自分こそ長にならなければと不思議と心の中から湧き出るような強い思い。おじいちゃんとの関係がどんなに気まずくなろうと、自分の気持ちにまっすぐに前に進んでいきます。

ここまでの彼女を見ただけでも、彼女こそ将来の長に十分すぎるくらい相応しいと私なんかは思ってしまいました。だって、まだ彼女10歳なんですよ。なんて器の大きい、そして気高い魂の持ち主なんでしょう!
しかしながら、パイケアは女性であるというそれだけの理由で候補にも入れてもらえず、訓練に参加することも許されない。訓練を覗き見るだけでも“神聖な場が汚れる!”と怒られてしまうのです。

何故、女性では駄目なんでしょうね?勇者パイケアが男性だったからでしょうか?勇者パイケアの意志を継ぐ者が女性として生まれてくるってのも十分に考えられることだと思うのですが、伝統ってそういうものなんですかね?

パイケアこそが真の継承者だと分かった時、『本当に良かった』という気持ちもあったけど、何だかコロが可哀そうな気がしてしまいました。気がつくことの出来なかった自分を随分と責めてるようでしたし、長としても祖父としても過ちを犯してしまったのは確かですから。それも、別に彼が悪いわけでは無いんですけどね。

伝統には悪いものも良いものも、いろいろあると思います。パイケアの村では随分と女性が肩身のせまい思いをしていそうでしたが、次の長が女性ということで、それも改善されるのではないでしょうか?その文化を知らない私がそう思うだけで、女性の地位が上がること自体、パイケアの村にとって良いことなのかどうかは分りませんが・・・。

~Link~

クジラの島の少女@映画生活

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